なかなか

ストレスと疲れがたまっているみたいだ。イライラするし寝不足だからか、すっきりしない。考え事が次から次へと出てくる。

 

腹がたつ。気持ち悪いと思う。イライラする。はあ。

 

 

いいー!寝たい。すっきりするまで寝たい。体がだるい…泣泣泣

 

おもっきりなきたい。逃げたい。広いところへ、駆け出したい。

 

どこか遠くを創造する。

イメージ。どこにゆくのだろう?

体はしんどいな。頭もしんどい。

 

なんだろう。価値観?価値観にしばられているのか。

 

多様性?多様性大事なの?

 

 

ああ、はなしたい。話したいのだ、きっと。深く深く。うわべだけではなく。

 

 

…つかれた

ざつむ

ばかりだと、なんだかイライラする。

なんでこんなこと頼んでくるの?面倒なことだけ押し付けてくるの?

 

って凄く思う。

それとも仕事ってそういうものなのか。

面倒なことだから、仕事。それもよくわかるんだけどね。

 

雑務がたまって一つの仕事。

ただこういうの永遠にやりたいとは思えない、、生活のために会社で働き、虚しくなってくる。

 

嫌な仕事も誰かがやらなければ社会は回らない。

そうだよなあ、、、

 

 

恵まれているとついつい忘れてしまう。

忘れてしまわないよう反省し、考え、書き留めてゆくのが理性的に生きるということよね。

 

 

ただ、いまはめっちゃねむたい…!!

ごろ寝したい。帰りたい。

惰性。

幻想的な

今日はやまぎしりょうこ先生の、原画展を見に行った。前々から行こうと思いつつ、結局後期展になってしまっていた。

 

 

原画展、見れてよかった。一生のうちに開催されてよかった。

絵の美しさももちろん、展示案内の文章も面白かった。

先生の偉大さを感じた。反対されても、売れるという勘。そして、反対を、押し切ってでも描くという実行力。天賦の才能とはこのひとのことを言うのだと思った。

 

スランプに陥ってしまったことも少し触れていた。無知が想像をつくっていた、といえようなことが書かれてた。ほんと、そうだよね。知識が人を縛って創造力をなくしているよね。わたしも歳をとるにつれて、なんでもかんでも辻褄合わせしなきゃと思い、妄想力がなくなって行った気がする。なんにでも、ときめいて妄想していたあの頃が懐かしい。

 

 

ま、それは別にどーでもよいことで。

ほんと、生で偉大な作品たちの原画を見れて凄く貴重な体験できた。

やっぱ生の原画って、パワーある。

 

太子とエミシのカラー原画とか、とても色っぽかった。

あの妖艶なタッチ。先生しか生み出さない…!!

 

久々に読み返そうと思った。

最近また漫画読みたい熱が上がってきたので、読もう。現実逃避万歳だわ。

 

 

 

相変わらずおいがかわいい。

どんどんパワーアップしてて大変だけど。笑

喋れるようになってお歌も上手になってる。新幹線の歌がお気に入り。トミカのミニカーで遊ぶのを誘ってくる。愛すべき存在だわ。笑

 

はあ。

しかし、現実も見なきゃね。

しっかりせいっ。地に足をつけて生きて行くには。キラキラメディアに踊らされない生き方とは。人々の小競り合いから一歩引けるような生き方とは。

 

夏がもう終わるわ。始めましょう。

 

ごめんねをいうたびに

Yahooニュースで上がっている記事で興味を持ったのがあった

 

ごめんね、の多様は自身を安売りすることだ、と。

 

本当そうかもしれない。

なんか、私自身対人関係でしんどくなることって、こういうことかもしれない。

 

ごめんね、には謙虚も含まれている。

どうか免じてください、ということ。

 

なぜ下手に出るんだろう…

せめて同年代には使わない様に心がけようと思う。

 

ごめんなさいを言う前に自分が何に対してそう思ったのか。

それを考えようと思った。

 

そうすれば自分自身を知るきっかけになるし、客観的に見つめ直せるかもしれない。

 

ごめんごめんすぐ言う自分に嫌気がさした日。

ゼイタクビョウ

修造の言葉に 考えろ、考えるな

というのがある。

これって凄く共感する。

 

考えなければいけないとおもう。

でも考え過ぎたら思考停止というか、途方に暮れてしまって、何も行動できない。

 

 

行動が思考を生み、思考が行動につながる。分けることはできない。

 

 

いつも考える。色々と感じるし思う。

そして悶々とする。悔やむ。いやになる。

 

人に対してが多いかもしれない。

全ての悩みの根源は、人間関係からくるものというのは、私にはまあまあ当てはまるのかもしれない。

 

でもこれも時々思うのだけれども

人間関係の悩みって、なんか凄く人間臭くてさ、あほらしくなるんだよね。

 

そうなると、もっと高尚な悩みにゆきたくなる。で、哲学とかにわかに興味を持つ。

そして人間関係で日々過ごしている自分たちを、心のどこかであほらしく、馬鹿にしてしまう。

 

結局、自分が凄く肥大してしまってるんだよね。理想も多い。やりたいことも多い。それって、自己の肥大化だわな。

 

 

そう考えると、また自分自身が馬鹿らしくなる。謙虚にならないと、と思う。人は皆それぞれ頑張っているんだから、というように考えるようにする。

 

頭悪いんかな?笑

そうなのかもしれない。いろいろ考える方が、思考に筋がなくてバラバラ。

 

はあ。疲れた。

来週から、また淡々とした日常が始まる。日常をどうやって超えて、自分なりに刺激を受けて成長できるか。

 

 

 

ま、贅沢な話だわ。ほんとゼイタクビョウ。

 

こう考えると、全てがあほらしくなる。虚ろ。はあ。

 

ゼイタクビョウって、厄介だわ。

よくわからんが

とても贅沢なことを考えている

 

私たちは、先人たちの屍の上に生かされている。

とは思う。これは事実。

 

今、自分は恵まれた環境に身を置いている。

誰からも攻撃されるわけではない。バカにしてきたりする人もそんなにいない。

 

だからこそ、これで良いんじゃ、と思うことも多い。

でもこのままじゃ、ぬるま湯に浸かったままで、弱っちい自分なんかは生きてられないんじゃないのかと思う。

 

 

地に足をつけるには、どうしたらいいのだろうか。

切り開くには、何をしたらいいのだろうか。

 

人に認められることは、生きてる上ではとても大事だと思う。

でも、認められるってなんなんだろう。

 

その時代性を反映してる人ということ?

 

昭和のヒーローだった人が、平成の世は極悪人にされているかもしれない。

 

人に認められることは意外と呆気ないことなのではないか、と思う

 

 

そうなると、残るのはプライド?自分自身をどう求めるか、になるんじゃないか

 

美学とか信念ってアホらしいのだけど

多少は持って置いた方が生きやすい。

 

うむ。

考えるよりも行動。

行動してから、考えよう。

ときどき

ときどき徒然草を読むのだけれど、(もちろんビギナーズのもの)結構心にぐさりとくるものがあるので、いいです。

 

結構、現代にも通じてることが多い。

もちろん、兼好の偏見だろう、と思う部分もあるのだけど

 

人生においての価値観として、納得してしまう。

 

多くの人が思うことを、よく知っていたんだろうな。

なので読んでいると自分のことを注意されているみたいで自省できる。

 

そういう意味で、やはり読み続けていこうと思った。

 

古典のいいところやね。

自分自身の在り方に迷ったりしたら、読むのにいい。

 

 

暑い、、、